沖縄から大阪へ 転院

だけど不安と同時に

「今一緒にいられる時間を幸せに過ごしたい。夫がしたいことは全部したい。」

と強い決意も沸いていました。


しばらく入院し、夫の状態が落ち着いたため、大阪の自宅近くの病院へ転院することに。


飛行機に搭乗する際には、肺に負担がかかるため酸素ボンベの形態が必要でした。

本来であれば、病院の看護師の付き添いが必要でしたが、私が看護師であり酸素ボンベの取り扱いが可能ということで、家族だけで移動ができました。


沖縄から大阪へ戻ったちょうどその日は、私の27歳の誕生日。

夫と過ごせて嬉しいような、これからのことを考えて悲しいような複雑な気持ち。

大阪の病院についたのは夕方でしたが、夫は誕生日ディナーに行きたいと、さっそく外出許可を取ってくれました。

(転院早々に外出許可をもらう患者さんはみたことがありません。笑)


病院の近くの高級ホテルの高層階レストランへ飛び込みディナー。

いろんな思いを噛みしめながら、だけど確実に前向きな気持ちで楽しみました。



最後のデザートのプレートには「HAPPY BIRTHDAY」の文字が書かれ、

お花のプレゼントまで。


正直、全く期待していなかったんですが、

こういうことをちゃんとやっちゃうのが夫らしい。


思い出に残る誕生日をありがとう。

田村ミキ

メンタルヘルスアドバイザー 1988年、岐阜県に生まれる。 岐阜大学医学部看護学科卒業後、総合病院に勤務。 結婚と同時に夫が肺癌であることが判明。 その後、娘を出産する。 娘が3歳の時に夫が他界。 夫の死後、自身のケアのため心理学を学ぶ。 現在は介護施設で看護師として勤務すると同時に、心のケアだけでなくその後の立ち直りをサポートするメンタルヘルスケアアドバイザーとして活動。

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